オリィ研究所の歴史

オリィ研究所の歴史

ロボットと人ではなく、人と人をつなぐロボット
『対孤独用 コミュニケーションデバイスOriHime』

オリィと子供、実験した病院にて

オリィ研究所代表、吉藤健太朗

はじめに

オリィ研究所は、入院している患者が、本来病気でなければあったはずの、“あたりまえの日常“を取り戻す事で、孤独からの解消を実現する為に設立した会社である。

どうして、この会社が生まれたか、それは私が、その“孤独の辛さ”を痛感した一人であったからだ。

孤独の闘病という恐怖(1998~2001)

病院のベッド

私は小学校から中学にかけて3年半の間、ストレスと自宅療養で不登校となり、ほとんど学校に通う事ができなかった。一日の大半を誰とも会わず、布団の上で独りで過ごした。楽しみにしていた学校行事に参加できなかったし、仲の良い友達と遊べない事も辛かったが、なにより、何かをする気力も体力もなくなり、ずっと独りで天井を眺め続けて一週間ほぼ誰とも何も話さなかった事で、口から日本語が出てこない、身体をうまく動かせない、うまく笑う事もできなくなってしまった自分に気づいた時は本当に辛かった。  家族に迷惑をかけるだけの毎日が続き、体調も悪化し、精神的に追い込まれ、感謝の言葉を言う事すら出来なくなってしまった。

今、世界には、私よりさらに長い時間、さらに重い病気を、孤独で戦っている人が大勢居る。私が幼い頃に入院した京大病院の小児科では、隣のベッドで病院から出たこともない子どもが、癌と闘い、亡くなっていった。病気が理由で、学校に長く通えていない子どもの数は、日本全国で約6万人と言われており、独居老人と呼ばれる65歳以上で完全に独り暮らしをしている高齢者も、全国で1000万人、今後さらに増加すると予想されている。

ものづくり・福祉機器との出会い(2003~2006)

OriHime

私にとってあまりに長い、体感時間で人生の半分くらいを過ごしたような3年半だったが、一時期距離を置いた親友や両親、先生らの長い懸命なサポートにより、中学2年のタイミングで学校に復帰し、好きな事を見つけて勉強の遅れを取り戻し、工業高校に進学する事が出来た。

福祉機器に興味があり、工業高校時代は、新電動車椅子の研究開発に関わった事で、様々な高齢者の切実な声を直接聴く事ができた。その中で、私と同じ孤独の問題を、多くの方が感じているのだと実感した私は、“孤独“という精神的ストレスの解消を目的とした福祉機器開発を志した。

人工知能、癒しロボット(2005~2006)

2005年、高校3年時、孤独からの癒しを求めた私の研究活動はスタートした。 当時、愛・地球博が開催された年でもあり、話し相手になってくれる人工知能ロボットが注目されていた。

私はこう思った。「あの時、アニメに登場する友達のようなロボットが部屋に居てくれたなら、あんなに孤独に苦しまなくてよかったのではないか。」

それからは人工知能に夢中になり、高専の情報工学科に編入し、毎日アルゴリズムの仮説と、プログラミングを続けた。しかし、人工知能の開発と同時に、人と接する福祉ボランティアをしている中で、徐々に自分の中に違和感を覚えるようになった。自身の実体験から来る違和感だった。

私は「人工知能が人を癒す未来」よりも、「親しい人とつながり、孤独でなくなる未来」を創りたかった。

遠隔分身ロボットへ オリィ研究所のスタート(2007~2010)

OriHime Humanoid

それに気づき、ロボット工学で有名な早稲田へ入学し、マンションの自室にNCフライスや卓上旋盤を買い揃え、大学でパントマイムの身体表現を学び、ボランティアを続けながら6畳の部屋で開発をスタートした。

「離れていても、入院していても、家族や友人らと日常生活を共にできる、人と人を繋ぐ福祉デバイスを開発しよう。」

それが、私がロボットをつくる理由であり、ロボットコミュニケーターを名乗った理由である。

こうして、オリィ研究所は、当時住んでいた6畳の部屋で私一人の活動サークルとして立ち上がり、2010年、遠隔人型分身コミュニケーションロボットOriHime 人型バージョンは誕生した。

OriHime誕生(2010)

OriHime

OriHime(Humanoid版)は、インターネットを用いて、別のPCから遠隔操作ができ、内蔵されたカメラの映像を見て、会話ができる。立ち上がり、踊るというデモンストレーションを、奈良に居る親友が遠隔操作し、コンセプトを講演して回った。これにより早稲田大学のものづくりコンテストで優勝をつかみ、さらに、多くの人に簡単に使ってもらうため、最低限の機能に削った結果、首の関節のみを持つ、OriHime-miniが誕生した。

OriHime-miniは、首の左右と上下の動きしかできないが、それだけでも声を組み合わせて様々な仕草を表現する事が出来た。また、持ち運びも簡単で、安全に、誰にでも使ってもらう事が出来たため、量産が可能で、多くの試験的利用を期待した。

2010年12月、後輩であり、現オリィ研究所CFOの結城から、これをビジネスとして普及させる事を提案され、オリィ研究所は、事業としての歩みを始める。

OriHimeの実用試験開始(2011~)

OriHimeの実験風景

早稲田大学の産学連携室の福祉ロボット研究会に特別に参加させてもらい、教授やものづくり企業とのつながりができ、また、筑波学院大学のロボットセラピー部会へ呼んでいただき、特養での試験利用が始まった。

また、この年、早稲田大学のビジネスコンテストにエントリーし優勝。初めてOriHimeの事業計画を書く。   秋には上智大学の福祉文化祭や、国際ロボット展への出展、実際に病院で使ってみたいという声をいただき、子どもに使ってもらい大喜びされ、世界10か国のメディアがOriHimeを取り上げるなど、少しずつ知られていくようになり、さらに私も使いたいという声をいただくようになる。

強力な賛同者の参加(2012~)

2012年に入ってから、現在オリィ研究所のCIOを務めるソフトウェアエンジニアの椎葉がメンバーに加わり、OriHimeのソフトウェアは一気に進歩した。

また、2つの東京最大ビジコンで2冠を頂き、事業化に向けて協力者も増える。 3月には、病院の医師が理念に共感していただき、病院での試験の場を紹介してくれるようになり、4月には、スタンフォード大学で開催される世界中の学生起業家が集まるイベントに日本代表の学生起業家としてプレゼンを行った。

入院患者に使ってもらい、その都度しっかりとフィードバックを受け、ユーザーと一緒になって改良していくスタンスで、OriHimeは繰り返し何度も大きく改良を行った。

塾と病院を繋ぐ試験利用や、OriHime海外旅行なども、病院や塾などとの連携で可能となり、入院している患者さんに喜んでもらえるコンテンツとなった。

いつしか、OriHimeは、IT企業の組合や、大学の研究室、一般社団法人、中小企業振興公社、病院、個人、様々な方々に応援されるようになっていた。

オリィ研究所、株式会社へ

オリィ研究所設立パーティ

2012年9月28日、様々な方々に応援されながら、オリィ研究所は株式会社として登記を行う。