MEMBER

吉藤 健太朗

共同創業者 代表取締役所長 CVO

吉藤 健太朗

Kentaro Yoshifuji

高校時代に電動車椅子の新機構の発明に関わり、2004年の高校生科学技術チャレンジ(JSEC)で文部科学大臣賞を受賞。翌2005年にアメリカで開催されたインテル国際学生科学技術フェア(ISEF)に日本代表として出場し、グランドアワード3位に。
高専で人工知能を学んだ後、早稲田大学創造理工学部へ進学。自身の不登校の体験をもとに、対孤独用分身コミュニケーションロボット「OriHime」を開発(この功績から2012年に「人間力大賞」を受賞)。
開発したロボットを多くの人に使ってもらうべく、株式会社オリィ研究所を設立。自身の体験から「ベッドの上にいながら、会いたい人と会い、社会に参加できる未来の実現」を理念に、開発を進めている。ロボットコミュニケーター。趣味は折り紙。2016年、Forbes Asia 30 Under 30 Industry, Manufacturing & Energy部門 選出。

笹山 正浩

代表取締役社長 CEO

笹山 正浩

Masahiro Sasayama

中央大学卒業。2009年に公認会計士試験合格後、有限責任監査法人トーマツに入社。主に金融機関向けの監査業務にくわえて米国基準の監査業務にも従事。2015年にデロイトトーマツコンサルティング合同会社に移籍し、CFOおよびCFO組織(経営企画、財務、経理、税務 など)の役割・機能に関するコンサルティングを担う部門にて数々のプロジェクトを担当。2019年に株式会社メルカリに参画し、FP&A(Financial Planning & Analysis)部門にて全社レベルの予算実績管理や財務分析業務に従事。2020年に共通の知人を通じて株式会社オリィ研究所に参画。

椎葉 嘉文

共同創業者 取締役CTO

椎葉 嘉文

Yoshifumi Shiiba

2008年、制作会社勤務。システム開発部に所属し、Web制作業務を担当。2012年にフリーランスプログラマとして独立。かねてより親交の深かった福島のボランティア団体および共通の友人を通じて、当時「OriHime」の製作を行なっていた吉藤と出会い、技術者として意気投合。いくつかのプロジェクトを共同で行い、親交を深める。その後、株式会社オリィ研究所の共同創設者(ソフトウェア開発担当)として正式に参画。

植波 剣吾

社外取締役

植波 剣吾

Kengo Ueha

Beyond Next Ventures株式会社 取締役・パートナー。2003年、株式会社ジャフコに入社。主にテクノロジー分野のスタートアップへの投資活動に従事した後、ファンドレイズ、法務・コンプライアンス、IRなどの要職を歴任。ベンチャーキャピタルの業務全般における広範な経験を有する。
2015年、大学・研究機関発のスタートアップに特化した独立系ベンチャーキャピタルであるBeyond Next Ventures株式会社の創業に参画し、同社取締役に就任。投資活動を行うとともに管理業務全般を統括。複数の投資先企業の社外役員を兼務。
中央大学法学部卒。

監査役

友常 清

Kiyoshi Tomotsune

1981年、青山学院大学卒業、長瀬産業(株)に入社。同社コダック製品事業部の米イーストマン・コダック社による買収に伴いコダック株式会社に移籍、イーストマン・コダック社本社(ニューヨーク州)駐在を経験。2001年、コダック社退職。その後、サン・マイクロシステムズ(株)、日本マクドナルド(株)にて主にERP導入、内部監査/内部統制等の経験を積み、2012年よりベンチャー企業数社の監査役として着任した際に、JASDAQ、東証グロース市場の上場審査およびIPOを経験。 2023年より当社監査役に就任。

経営顧問

丸 幸弘

Yukihiro Maru

  • 株式会社リバネス代表取締役CEO
  • 株式会社ユーグレナ技術顧問

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻博士課程修了、博士(農学)。2002年、大学院在学中に理工系学生のみでリバネスを設立。日本初「最先端科学の出前実験教室」をビジネス化。大学・地域に眠る経営資源や技術を組み合せて新事業のタネを生み出す「知識製造業」を営み、世界の知を集めるインフラ「知識プラットフォーム」を通じて、200以上のプロジェクトを進行させる。ユーグレナなど多数のベンチャー企業の立ち上げにも携わるイノベーター。リアルテックファンド共同代表(技術統括)、株式会社ジーンクエスト経営アドバイザー、株式会社チャレナジー経営顧問、株式会社メタジェン経営顧問などを兼務。

技術顧問

菅 正雄

Masao Suga

  • 米国Gibson Brands, Inc. CTO

早稲田大学(機械)、東京大学大学院(情報工学)を卒業後、株式会社東芝に入社。国内初の分散処理コンピュータシステムを開発後、University of Illinois Graduate School (Computer Science)に社費留学。東芝に復帰後、世界初のノートブックPC「Dynabook」を開発、200機種以上の革新的ノートブックPCを商品化した。その過程で世界初の2.5型HDDを日米企業と共同開発、「Dynabook」に初搭載した。商品企画部長、海外営業部長を経験後、米国(含む南米)の東芝PC責任者(上席副社長)に就任し、米国PCの営業・マーケティング・開発・製造を統括。帰国後、新規事業の立上げを担当。ポータブルミュージックプレーヤやビデオカメラ向けに1.8型HDDを共同開発。東芝だけでなく、Apple 初代「iPod」に採用された。また、同時期に「SDカード」を発明、商品化した。東芝退社後、オンキヨー株式会社 取締役、ソーテック株式会社 社長、米国Gibson Brands, Inc. CTOを歴任。

メディカルアドバイザー

明星 智洋

Tomohiro Myojyo

  • 江戸川病院 腫瘍血液内科副部長兼感染制御部部長

熊本大学医学部卒業。岡山大学附属病院にて研修後、呉共済病院、虎の門病院、がん研有明病院にて血液悪性腫瘍およびがんの化学療法全般について学ぶ。2009年より江戸川病院に勤務。血液専門医認定試験合格、がん薬物療法専門医最年少合格。専門は血液疾患全般、がん薬物療法、感染症管理。朝日放送『たけしのみんなの家庭の医学』等に出演。

顧問

林 幹夫

Mikio Hayashi

一橋大学商学部経営学科卒、日本生命保険相互会社入社。主計部、人事部等経て、法人営業推進部部次長、支社長、システム企画部長 兼 総合企画部審議役、支配人公務部長を歴任した後に、ニッセイ情報テクノロジー株式会社 取締役常務執行役員。その後、IT、コンサルティング会社顧問を経て現在に至る。

 

COMPANY

会社名 株式会社オリィ研究所
資本金 1億円
設立 2012年9月28日
事業内容 コミュニケーションテクノロジーの研究開発および製造販売
 

ACCESS

 
〒103-0023
東京都中央区日本橋本町三丁目8番3号

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HISTORY

はじめに

オリィ研究所は、入院患者が「当たり前の日常」を取り戻し、その孤独の解消を実現するためにスタートした会社である。どうしてこの会社が生まれたのか。それは、私自身も「孤独の辛さ」を痛感した一人であったからだ。(代表取締役CEO 吉藤)

  • 1998

    1998

    孤独の闘病という恐怖

    私は小学校から中学にかけての3年半、ストレスと自宅療養で不登校となり、ほとんど学校に通うことができなかった。一日の大半を布団の上でずっと天井を眺めて過ごし、次第に「口から日本語が出てこない」「身体をうまく動かせない」「うまく笑うこともできない」という状態に陥っていく。家族に迷惑をかけるだけの毎日で、体調も悪化し、精神的に追い込まれ、感謝の言葉を言うことすらできなくなった。
    しかし世界には、私よりさらに長い時間、さらに重い病気と、孤独に戦っている人が大勢いる。私が幼い頃に入院した京大病院の小児科では、隣のベッドで病院から出たこともない子どもが、がんと闘い、亡くなっていった。

  • 2003

    2005

    ものづくり・福祉機器との出会い

    親友や両親、先生らの懸命なサポートにより、幸いにも中学2年のタイミングで学校に復帰することができた。その後、工業高校へと進学。福祉機器に興味があったことから、新しい電動車椅子の研究開発に関わった。その過程でさまざまな高齢者の切実な声を直接聴く中で、「孤独」の問題を多くの方が抱えているのだと実感した私は、「孤独という精神的ストレスの解消」を目的とする福祉機器の開発を志すことになる。

  • 2005

    人工知能、癒しロボット

    高校3年時に、孤独からの癒しを求めた研究活動をスタートさせた。当時は人工知能ロボットが注目されており、「あのとき友達のようなロボットが部屋にいてくれたなら」と思った私は人工知能に夢中になる。高専の情報工学科に編入し、毎日アルゴリズムの仮説と、プログラミングを続けた。しかし、人工知能の開発と同時に、人と接する福祉ボランティアをしている中で、徐々に違和感を覚えるようになる。私は「人工知能が人を癒す未来」よりも「親しい人とつながり、孤独でなくなる未来」を創りたいと思った。

  • 2007

    2007

    オリィ研究所のスタート

    ロボット工学で有名な早稲田大学に入学。マンションの自室にNCフライスや卓上旋盤を買い揃え、大学でパントマイムの身体表現を学び、ボランティアを続けながら6畳の部屋で開発をスタートした。「離れていても、入院していても、家族や友人らと日常生活を共にできる、人と人を繋ぐ福祉デバイスを開発しよう」。それが私がロボットをつくる理由であり、ロボットコミュニケーターを名乗った理由である。こうしてオリィ研究所は、当時住んでいた6畳の部屋で私一人の活動サークルとして立ち上がった。

  • 2010

    2010

    OriHime誕生

    遠隔人型分身コミュニケーションロボットOriHime(Humanoid版)が誕生。インターネットを用いてPCから遠隔操作が可能で、内蔵カメラの映像を見ながら会話することができる。このOriHime(Humanoid版)が遠隔操作で「立ち上がって踊る」というデモンストレーション付きのプレゼンを各所で行い、早稲田大学ものづくりコンテストで優勝。その後、さらに多くの人に簡単に使ってもらうため、最低限の機能に削った結果、首の関節のみを持つOriHime-miniが誕生した。
    OriHime-miniの挙動は首を上下・左右に振るだけだが、そこに声を組み合わせることでさまざまな仕草を表現できた。持ち運びも簡単で、安全に誰にでも使ってもらうことができる。量産が可能だというメリットもあった。2010年12月、後輩であり現オリィ研究所COOの結城から、これをビジネスとして普及させることを提案され、オリィ研究所は事業としての歩みを始める。

  • 2011

    2011

    OriHimeの実用試験開始

    早稲田大学・産学連携室の福祉ロボット研究会に参加させてもらい、教授やものづくり企業とのつながりが生まれた。筑波学院大学・ロボットセラピー部会の協力で、特養での試験利用も始まった。また、早稲田大学のビジネスコンテストにエントリーし優勝。秋には上智大学の福祉文化祭や、国際ロボット展へも出展。「実際に病院で使ってみたい」という要望や、世界10カ国のメディアに取り上げられるなど、OriHimeが少しずつ知られていくようになる。

  • 2012

    強力な賛同者の参加

    現オリィ研究所CTOであるソフトウェアエンジニアの椎葉がメンバーに加わり、OriHimeのソフトウェアが一気に進歩。また、東京で2つの大きなビジコンに優勝し、事業化に向けて協力者も増える。スタンフォード大学で開催された世界中の学生起業家が集まるイベントでも日本代表としてプレゼンを行った。
    さらに、理念に共感いただいた医師の紹介によって病院内での実用試験の場も拡大。入院患者に使ってもらい、その都度しっかりとフィードバックを受け、ユーザーと一緒になって改善していくというスタンスで、何度も繰り返し改良を実施。OriHimeで塾と病院を繋ぐ試験利用や、OriHimeによる海外旅行など、さまざまな使用事例も蓄積されていった。

    2012

    オリィ研究所、株式会社へ

    2012年9月28日、多くの方々の応援を受け、オリィ研究所は株式会社として登記を行った。

COMPANY HISTORY

西暦できごと
2012年9月株式会社オリィ研究所を設立。
2013年1月登記を墨田区の浜野製作所近くのマンションへ変更。
2月株式の資本調達。浜野インキュベーションでの開発を開始。
3月ALSプロジェクトが発足。
8月OriHime テスト機ベータ版を作成。
10月デジハリの香田教授、今井顧問の協力により、OriHime ガンマ版を開発。
11月外装を改良したOriHime ガンマⅡを開発。
12月「みんなの夢アワード」へエントリー&二足歩行OriHime、OriHime walkerを開発。
2014年2月「みんなの夢アワード」にて優勝を獲得。
3月浜野インキュベーションを卒業。
三鷹駅北口のメゾネットオフィスへ移転。
7月アイスバケツチャレンジに挑戦。
2015年1月アメリカCESに出展。OriHime、デルタ版を発表。
3月デルタ版に問題が見つかった事で、ガンマデルタ版を発表し、リリース。
5月寝たきり秘書、番田雄太がオリィ研究所へ入社。OriHimeの利用者の事をパイロットと呼ぶようになる。
7月現在のOriHimeの形となるイプシロン版を発表。
8月OriHime eyeの基本技術が完成し、特許を申請。
9月オフィスを三鷹市へ移転。
改良したガンマイプシロン、更に改良したガンマイプシロンⅡ、更に機能改善したガンマイプシロンⅢを開発
NTT東日本がテレワークに導入。
2016年3月吉藤と番田による120cmのOriHime-Dプロジェクトを水面下で開始。
6月OriHime ゼータ版を発表。リリース。
7月意志伝達装置OriHime eyeを正式リリース。
2017年5月OriHime ゼータエス版を発表 OriHime Biz サービス開始。
7月OriHime eyeが補装具対象になり、4.5万円で購入可能に。
番田、WITHALS武藤氏らと共に1年間温めていた分身ロボットを使った新しい働き方を研究する「働くTECHLAB」プロジェクトを発表。
2018年6月浜野製作所、浜野社長らと共に天皇陛下に研究を報告。
7月120cmの新型OriHime、OriHime-Dを発表。
9月ICC Kyoto カタパルトグランプリ優勝。
10月第一回 オリィフェスを開催。
オフィスを三鷹から三田へ移転。
11月第1回 分身ロボットカフェ実験を日本財団ビル(赤坂)にて開始。
2019年1月屋久島が舞台となり、番田がモデルとなった映画「あまのがわ」が全国上映開始。
7月コエステーションとコラボ、ALS SAVE VOICEプロジェクトを開始。
10月第2回分身ロボットカフェを3x3 lab(大手町)にて実施。
12月第2.5回分身ロボットカフェをWIRED SHIBUYA 100BANCHI(渋谷)にて実施。
クラウドファンディングにてスマート名刺ケースプロジェクトのご支援の募集を開始。
2020年1月第3回分身ロボットカフェをWIRED TOKYO 1999(渋谷)にて実施。
2月日本電信電話株式会社にてOriHime-D受付業務のトライアルとして実証実験を開始。
4月個人向けレンタルキャンペーン「OriHime Lite」開始。
7月日本電信電話株式会社にてOriHime-D受付業務の本格導入を開始。
分身ロボットを使った新しい働き方開拓プロジェクト「アバターギルド 」を開始。
モスバーガー大崎店で実験導入。
8月バイオジェン・ジャパンのSMA Month 2020にて講演、オンラインイベント「OriHimeスポーツ大会」を開催。
9月川田テクノロジーズとの共同記者会見で外出困難者でも遠隔操作でコーヒーが入れられる「テレバリスタロボ」を発表。
10月日本電信電話株式会社、 および川田テクノロジーズ株式会社と資本業務提携を締結。
分身ロボット「OriHime」を使用した遠隔・非接触の受付ソリューションの提供を開始。
2021年2月大分県で5G×分身ロボットによるリモート接客の実証実験イベント開催。
5月オフィスを三田から日本橋へ移転。
6月「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」常設実験店 分身ロボットOriHimeがサービスする初の常設店が日本橋にオープン。
7月移動可能な分身ロボット『OriHime Porter』を発表。
11月『分身ロボットカフェDAWN ver.β』が2021年度 グッドデザイン大賞を受賞
2022年9月『分身ロボットカフェDAWN ver.β』が「Prix Ars Electronica 2022」 にてゴールデン・ニカ賞 受賞
11月分身ロボットカフェ「期間限定地域キャラバンカフェ」を福岡にて開催
2023年1月ローカル5Gと通信品質制御技術を用いた
遠隔ロボット操作の実証実験を分身ロボットカフェDAWN ver.βにて実施
分身ロボットカフェ「期間限定地域キャラバンカフェ」 札幌にて開催
テレワークに特化した障害がある方の人材紹介サービス 「FLEMEE」を2023年1月31日にリリース
3月株式会社オリィ研究所、ビジョン推進と業務執行統括を分担した経営体制へ
8月分身ロボットOriHimeの初の販売モデル「OriHime ver.2023」を発表
10月分身ロボット「OriHime」 初の販売モデル「OriHime ver.2023」を10月3日から販売開始
分身ロボットカフェ「期間限定地域キャラバンカフェ」 広島にて開催
12月分身ロボットカフェ「期間限定地域キャラバンカフェ」 京都にて開催