BOARD MEMBER

吉藤 健太朗

共同創設者 代表取締役 CEO

吉藤 健太朗

Kentaro Yoshifuji

高校時代に電動車椅子の新機構の発明に関わり、2004年の高校生科学技術チャレンジ(JSEC)で文部科学大臣賞を受賞。翌2005年にアメリカで開催されたインテル国際学生科学技術フェア(ISEF)に日本代表として出場し、グランドアワード3位に。
高専で人工知能を学んだ後、早稲田大学創造理工学部へ進学。自身の不登校の体験をもとに、対孤独用分身コミュニケーションロボット「OriHime」を開発(この功績から2012年に「人間力大賞」を受賞)。
開発したロボットを多くの人に使ってもらうべく、株式会社オリィ研究所を設立。自身の体験から「ベッドの上にいながら、会いたい人と会い、社会に参加できる未来の実現」を理念に、開発を進めている。ロボットコミュニケーター。趣味は折り紙。

結城 明姫

共同創設者 CFO

結城 明姫

Aki Yuki

高校時代に流体力学の研究を行い、2006年の高校生科学技術チャレンジ(JSEC)で文部科学大臣賞、YKK特別賞をダブル受賞。インテル国際学生科学技術フェア(ISEF)出場を目前に結核に倒れ長期入院を経験するが、翌年同大会に再出場し、グランドアワード優秀賞に。2007年のISEFではStudent Observerとして参加。
国際基督教大学教養学部に入学後、ノーベル賞受賞者を招いて行われるAsia Science Camp2009にてBronze Medalを獲得。2011年には代表吉藤と共に参加した早稲田ものづくり大賞、学生起業家選手権、キャンパスベンチャーグランプリ等において留学先のロンドンから「OriHime」のデモを行い、優勝する。
国際基督教大学(ICU)教養学部卒業、University College London(UCL)Innovation Management Major交換留学生。

椎葉 嘉文

共同創設者 CFO

椎葉 嘉文

Yoshifumi Shiiba

2008年、制作会社勤務。システム開発部に所属し、Web制作業務を担当。2012年にフリーランスプログラマとして独立。かねてより親交の深かった福島のボランティア団体および共通の友人を通じて、当時「OriHime」の製作を行なっていた吉藤と出会い、技術者として意気投合。いくつかのプロジェクトを共同で行い、親交を深める。その後、株式会社オリィ研究所の共同創設者(ソフトウェア開発担当)として正式に参画。

経営顧問

谷本 忠駿

Tadashi Taniomto

  • テネクス株式会社代表取締役CEO

慶應義塾大学文学部卒業(英米文学専攻)。慶應義塾大学大学院経営管理研究科MBA。ペンシルバニア大学ウォートンスクールスクール交換留学生。1989年 に米国経営コンサルティングファームであるブーズ・アレン・ハミルトンに入社。 1994年にシリコンバレーに渡り、ハイテク・バイオ分野でのベンチャー企業コンサルティング、日米企業の提携戦略立案・実行サポートに従事。2000年に帰国後、リアルコム株式会社を創業し、代表取締役CEOに就任。2006年、Realcom Technology Inc.(シリコンバレー)CEO。2007年、東証マザーズに上場。2012年12月、リアルコム株式会社取締役を退任。2013年にテネクス株式会社を創業し、代表取締役CEOに就任。 アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー(EOY) 2005ファイナリスト。 「Red Herring 100 Private Company in Asia」(2005年)。

経営顧問

丸 幸弘

Yukihiro Maru

  • 株式会社リバネス代表取締役CEO
  • 株式会社ユーグレナ技術顧問

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻博士課程修了、博士(農学)。2002年、大学院在学中に理工系学生のみでリバネスを設立。日本初「最先端科学の出前実験教室」をビジネス化。大学・地域に眠る経営資源や技術を組み合せて新事業のタネを生み出す「知識製造業」を営み、世界の知を集めるインフラ「知識プラットフォーム」を通じて、200以上のプロジェクトを進行させる。ユーグレナなど多数のベンチャー企業の立ち上げにも携わるイノベーター。リアルテックファンド共同代表(技術統括)、株式会社ジーンクエスト経営アドバイザー、株式会社チャレナジー経営顧問、株式会社メタジェン経営顧問などを兼務。

技術顧問

菅 正雄

Masao Suga

  • 米国Gibson Brands, Inc. CTO

早稲田大学(機械)、東京大学大学院(情報工学)を卒業後、株式会社東芝に入社。国内初の分散処理コンピュータシステムを開発後、University of Illinois Graduate School (Computer Science)に社費留学。東芝に復帰後、世界初のノートブックPC「Dynabook」を開発、200機種以上の革新的ノートブックPCを商品化した。その過程で世界初の2.5型HDDを日米企業と共同開発、「Dynabook」に初搭載した。商品企画部長、海外営業部長を経験後、米国(含む南米)の東芝PC責任者(上席副社長)に就任し、米国PCの営業・マーケティング・開発・製造を統括。帰国後、新規事業の立上げを担当。ポータブルミュージックプレーヤやビデオカメラ向けに1.8型HDDを共同開発。東芝だけでなく、Apple 初代「iPod」に採用された。また、同時期に「SDカード」を発明、商品化した。東芝退社後、オンキヨー株式会社 取締役、ソーテック株式会社 社長、米国Gibson Brands, Inc. CTOを歴任。

メディカルアドバイザー

明星 智洋

Tomohiro Myojyo

  • 江戸川病院 腫瘍血液内科副部長兼感染制御部部長

熊本大学医学部卒業。岡山大学附属病院にて研修後、呉共済病院、虎の門病院、がん研有明病院にて血液悪性腫瘍およびがんの化学療法全般について学ぶ。2009年より江戸川病院に勤務。血液専門医認定試験合格、がん薬物療法専門医最年少合格。専門は血液疾患全般、がん薬物療法、感染症管理。朝日放送『たけしのみんなの家庭の医学』等に出演。

COMPANY

会社名株式会社オリィ研究所
資本金1億3,982万円
設立2012年9月28日
事業内容コミュニケーションテクノロジーの研究開発および製造販売

ACCESS

〒108-0014
東京都 港区芝5-1-13 三ツ輪三田ビル6F

(1階にTULLY’S COFFEEが入っているビルです)

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HISTORY

はじめに

オリィ研究所は、入院患者が「当たり前の日常」を取り戻し、その孤独の解消を実現するためにスタートした会社である。どうしてこの会社が生まれたのか。それは、私自身も「孤独の辛さ」を痛感した一人であったからだ。(代表取締役CEO 吉藤)

  • 1998

    1998

    孤独の闘病という恐怖

    私は小学校から中学にかけての3年半、ストレスと自宅療養で不登校となり、ほとんど学校に通うことができなかった。一日の大半を布団の上でずっと天井を眺めて過ごし、次第に「口から日本語が出てこない」「身体をうまく動かせない」「うまく笑うこともできない」という状態に陥っていく。家族に迷惑をかけるだけの毎日で、体調も悪化し、精神的に追い込まれ、感謝の言葉を言うことすらできなくなった。
    しかし世界には、私よりさらに長い時間、さらに重い病気と、孤独に戦っている人が大勢いる。私が幼い頃に入院した京大病院の小児科では、隣のベッドで病院から出たこともない子どもが、がんと闘い、亡くなっていった。

  • 2003

    2005

    ものづくり・福祉機器との出会い

    親友や両親、先生らの懸命なサポートにより、幸いにも中学2年のタイミングで学校に復帰することができた。その後、工業高校へと進学。福祉機器に興味があったことから、新しい電動車椅子の研究開発に関わった。その過程でさまざまな高齢者の切実な声を直接聴く中で、「孤独」の問題を多くの方が抱えているのだと実感した私は、「孤独という精神的ストレスの解消」を目的とする福祉機器の開発を志すことになる。

  • 2005

    人工知能、癒しロボット

    高校3年時に、孤独からの癒しを求めた研究活動をスタートさせた。当時は人工知能ロボットが注目されており、「あのとき友達のようなロボットが部屋にいてくれたなら」と思った私は人工知能に夢中になる。高専の情報工学科に編入し、毎日アルゴリズムの仮説と、プログラミングを続けた。しかし、人工知能の開発と同時に、人と接する福祉ボランティアをしている中で、徐々に違和感を覚えるようになる。私は「人工知能が人を癒す未来」よりも「親しい人とつながり、孤独でなくなる未来」を創りたいと思った。

  • 2007

    2007

    オリィ研究所のスタート

    ロボット工学で有名な早稲田大学に入学。マンションの自室にNCフライスや卓上旋盤を買い揃え、大学でパントマイムの身体表現を学び、ボランティアを続けながら6畳の部屋で開発をスタートした。「離れていても、入院していても、家族や友人らと日常生活を共にできる、人と人を繋ぐ福祉デバイスを開発しよう」。それが私がロボットをつくる理由であり、ロボットコミュニケーターを名乗った理由である。こうしてオリィ研究所は、当時住んでいた6畳の部屋で私一人の活動サークルとして立ち上がった。

  • 2010

    2010

    OriHime誕生

    遠隔人型分身コミュニケーションロボットOriHime(Humanoid版)が誕生。インターネットを用いてPCから遠隔操作が可能で、内蔵カメラの映像を見ながら会話することができる。このOriHime(Humanoid版)が遠隔操作で「立ち上がって踊る」というデモンストレーション付きのプレゼンを各所で行い、早稲田大学ものづくりコンテストで優勝。その後、さらに多くの人に簡単に使ってもらうため、最低限の機能に削った結果、首の関節のみを持つOriHime-miniが誕生した。
    OriHime-miniの挙動は首を上下・左右に振るだけだが、そこに声を組み合わせることでさまざまな仕草を表現できた。持ち運びも簡単で、安全に誰にでも使ってもらうことができる。量産が可能だというメリットもあった。2010年12月、後輩であり現オリィ研究所CFOの結城から、これをビジネスとして普及させることを提案され、オリィ研究所は事業としての歩みを始める。

  • 2011

    2011

    OriHimeの実用試験開始

    早稲田大学・産学連携室の福祉ロボット研究会に参加させてもらい、教授やものづくり企業とのつながりが生まれた。筑波学院大学・ロボットセラピー部会の協力で、特養での試験利用も始まった。また、早稲田大学のビジネスコンテストにエントリーし優勝。秋には上智大学の福祉文化祭や、国際ロボット展へも出展。「実際に病院で使ってみたい」という要望や、世界10カ国のメディアに取り上げられるなど、OriHimeが少しずつ知られていくようになる。

  • 2012

    強力な賛同者の参加

    現オリィ研究所CIOであるソフトウェアエンジニアの椎葉がメンバーに加わり、OriHimeのソフトウェアが一気に進歩。また、東京で2つの大きなビジコンに優勝し、事業化に向けて協力者も増える。スタンフォード大学で開催された世界中の学生起業家が集まるイベントでも日本代表としてプレゼンを行った。 さらに、理念に共感いただいた医師の紹介によって病院内での実用試験の場も拡大。入院患者に使ってもらい、その都度しっかりとフィードバックを受け、ユーザーと一緒になって改善していくというスタンスで、何度も繰り返し改良を実施。OriHimeで塾と病院を繋ぐ試験利用や、OriHimeによる海外旅行など、さまざまな使用事例も蓄積されていった。

    2012

    オリィ研究所、株式会社へ

    2012年9月28日、多くの方々の応援を受け、オリィ研究所は株式会社として登記を行った。